集団的自衛権の行使容認と国家安保戦略

筑紫建彦

憲法を生かす会

 
はじめに

 安倍首相による暴走が続いている。その特徴は、“歴史修正主義”“(超)国家主義”“戦争できる国づくり”新富国強兵主義”などと名づけることができる。この倣岸な路線に対し、国内では平和と民主主義、人権の危機という不安が高まりつつある。国際的にも、中国、韓国などからの反発はもちろん、米国、欧州、国連などからさえ批判と危慎の声を巻き起こしている。しかし、始末に負えないのは、安倍首相がこれらの逆風をむしろ自分の“勇姿”の証しとして利用し、国内の格差や生活不安のはざまから生み出されている“強い国家”待望の右翼的傾向(偏狭なナショナリズム)を自らの支持基盤として強めようとしていることだ。
 いまのところ、アべノミクスとしての“デフレ脱却”“異次元の金融政策”、企業優遇の“成長戦略”と正社員優先の賃上げ論などで、国民の支持率は50%を超えたままで、政権は“安泰”である。このような奇怪な政治状況は、2012年から13年にかけて衆参両院で自民党が圧倒的な議席を確保し、いくらでも法律を成立させることができるフリーハンドを得たことによる。それを可能したのは、有権者の期待を裏切った民主党政権の大失墜にもよるが、制度としては小選挙区制の弊害の結果である。
 最近、安倍政権へのすり寄りを加速している日本維新の会やみんなの党も、同じ土壌から生まれたものだが、自民党の党勢回復と安倍の右翼的政治に統合・吸収されるベクトルが働いている。2月の都知事選での田母神の予想外の得票(61万葉)も、その一つの現象である。
 「アベ政治」はどこに向かおうとしているのか。その強みと弱みはどこにあるのか。これへの解答には多岐にわたる作業が必要だが、ここでは軍事(安全保障)政策と憲法問題についてみてみたい。そのため、進行中の集団的自衛権の行使容認問題と、昨年12月策定の国家安保戦略を分析してみよう。
 安倍首相は、集団的自衛権の行使容認に向けて「憲法解釈変更」に突き進む発言をくりかえしているが、集団的自衛権の行使は、第2次大戦後の、すなわち現行憲法下の歴代内閣が、「憲法第9条の下では許されていない」と何度も公言し、その憲法解釈が確定していたものである。


 
I.集団的自衛権の行使容認とは、       
世界のどこでも戦争できる国になること

1.「自衛権行使」をめぐる憲法解釈の経過
 憲法9条は、「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇または武力の行使は、国際紛争を解決するための手段としては、永久にこれを放棄する」と明記している。これを担保するため、9条2項で、「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。
国の交戦権は、これを認めない」と念を押している。1946年の憲法制定議会では吉田茂首相も、いかなる「自衛戦争」もしない、できないことだと答弁していた。
“個別的自衛権”でさえ、厳しい縛りがあったのである。
 しかし、日本が朝鮮戦争と米国の要求を奇貨として、「警察予備隊」「保安隊」そして「自衛隊」へと再軍備に踏み切ることで、“憲法は、日本が攻撃された場合の自衛(戦争)まで否定しているわけではない”という憲法解釈の大転換が強行された。これを正当化するために持ち出されたのが
「自衛権行使の3要件」
である。すなわち、1969年に高辻内閣法制局長官が参院予算委員会で、@わが国に対する急迫不正の侵害があること(急迫性、違法性)Aこの場合に、これを排除するために他の適当な手段がないこと(必要性)、B必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと(相当性、均衡性)の3つで、これらすべてが満たされない限り、日本は自衛のためであっても武力行使ができないが、このような個別的自衛権の行使は“憲法の許す範囲”と答弁。その後今日まで、歴代政権はこの立場を維持してきた。
 この3要件は、1840年代のカナダでの反乱にともなう米英間の紛争解決にあたり、米国務長官のウェブスターが示した「目前に差し迫った重大な自衛の必要があり、手段の選択の余地がなく、熟慮の時間もなかったこと、さらに非合理もしくは行きすぎたことは一切行っていないことを示す必要」という見解に源がある。この自衛権行使の3要件は、“古い昔のもの”ではなく、現在も国際社会で基本的要件として受け入れられている。しかし日本には憲法9条があり、“自衛戦争”を認める憲法上の根拠がないため、政府はウェブスター見解を援用して「個別的自衛権の行使」を正当化してきたものだ。
 なお、1956年の国連加盟に先立ち、日本政府は安保理がとりうる軍事的措置への加盟国の義務を念頭に、「(日本の)有するすべての手段をもって履行する」と約束したが、これも「軍事的協力は憲法9条により、日本が有する手段ではない(したがって、国連に対してでも軍事的協力はできない)」という意味であった。これは国連の
“集団的安全保障”の範疇に属するものだが、この憲法上の制約から、日本は“非軍事的貢献”の国として国際社会で行動し、それが紛争当事者からも信蹄を得る根拠となってきた。それは国際協力に従事する日本の多くのNGOの体験からも証明されてきた。

2.「集団的自衛権の行使」の意味と危険性
 憲法9条からはもちろん、従来の政府見解からも、集団的自衛権の行使が憲法上可能になるという議論は成り立たない。 「集団的自衛権」という言葉車も概念も、国連憲章(第51条)ができるまで存在していなかった。これに類する概念は、戦争が“国家の権利”とされていた時代の「攻守同盟」であろう。敵国に対抗して軍事同盟を結び、加盟国のいずれかが攻撃されたら、あるいは敵国を攻撃する場合には、共同して戦争をするというもので、いわば集団的な参戦の義務と権利を意味する。それは戦争の違法化によって過去のものになったと思われたが、「集団的自衛権」という名で、当初の案にはなかった国連憲章に盛り込まれた。
 これは、安保理が全権を握ることを恐れて「地域的な共同防衛」を可能にしたいというラテンアメリカ諸国の要求によるものとされているが、米国は中南米を米州相互援助条約と米州機構という地域機構を通しても主導権を握り、ソ連もまたワルシャワ条約を通じて束欧諸国を支配するなど、米ソ英仏などの大国の“覇権と利権の維持”への思惑が働いていた。ただ、その乱用に制約をかけるため、「安保理が必要な措置を取るまでの間」という条件がつけられたが、これにより、安保理常任理事国は、独自にでも安保理を通じても他国の紛争に介入できる“国際法上の権利”を得た。
 実際、ハンガリー介入(ソ連、1956年)、レバノン介入(米、58年)、ヨルダン介入(英、58年)、ベトナム戦争(米、64〜75年)、チェコ侵攻(ソ連・ワルシャワ条約機構、68年)、アフガニスタン侵攻(ソ連、79年)、ニカラグア侵攻(米、81年)、チャド介入(仏、83年)、グレナダ侵攻(米、83年)、アフガニスタン戦争(NATO諸国、2001年。米は“個別的自衛権”)、マリ介入(仏、2013年)と、「集団的自衛権」を論拠とした大国による軍事介入があいついできたのである。
 さて、
“集団的自衛権”とは、@自国と密接な関係にある国が武力攻撃を受けた場合、A自国が攻撃されていなくても自国への攻撃みなし、Bその攻撃を武力で阻止・撃退する“権利”とされている。それは自国への攻撃ではないのだから、「自衛権行使の3要件」(特に第1要件)には、まったく適合しない。だからこそ歴代内閣は、憲法9条を持つ日本は行使できないとしてきたのである。しかし今、安倍首相は強引に憲法解釈を変更して、集団的自衛権の行使ができるようにしようとしている。
 憲法9条が禁止する集団的自衛権の行使を可能にする“解釈の変更”を、その権限も認められていない首相が勝手に行うのは、憲法違反であり、立憲主義の公然たる否定である。安倍首相は、立憲主義とは「王権が絶対権力を持っていた時代の主流的考え方だ」とうそぶくが、モンテスキューの「権力をもつ者がすべてそれを濫用しがちだということは、永遠の経験の示すところである」(『法の精神』)という言葉こそ真理である。“正統的”改憲派さえ、安倍首相を批判するのは当然である。

3.安保法制懇
 安倍首相が予定している日程では、@4月の早い時期に安保法制懇(安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会)が報告を出す、Aそれを受けて政府と与党で協議を行う、Bそれを踏まえて閣議で憲法解釈の変更を決定する(〜6月)、C集団的自衛権の行使に必要な法案(自衛隊法やPKO協力法、周辺事態法などの改訂や集団的自衛事態法などの新法案)を国会に提出する、となっている。
 安保法制懇は、第1次安倍内閣で設置された首相の私的諮問機関にすぎず、委員はすべて安倍の“お友達”で構成されている。この時は安倍首相が1年で退陣したこともあり、その報告は福田内閣によってお蔵入りとされた。そして第2次安保法制怨も、同じ顔ぶれが復活・継続している。いかにも“第三者機関”の仮面をかぶっているが、安倍首相の路線を“権威づける”ための小道具にすぎない。
 第1次安保法制懇の報告は、@公海上で共同行動中の米艦が攻撃された場合に自衛艦が防護、A米国に向かうかもしれない弾道ミサイルを自衛隊が迎撃、BPKOなどで攻撃を受けている他国部隊を自衛隊が防護(駆けつけ警護活動)、C(“国際平和協力活動”中の)戦闘地域での輸送、医療など後方支援、という「4類型」について、自衛隊が行うことを可能にするよう憲法解釈の変更を求めていた。
 @に関連して、「我が国近隣で武力攻撃が発生し、米国が集団的自衛権を行使している状況で、我が国は攻撃国に武器を供給するために航行している船舶の停戦・立入検査や我が国への回航(武力行使に当たり得る)を実施」も検討された。これは朝鮮半島や台湾、南シナ海などでの米軍が当事者となる武力紛争に日本が参戦することを意味している。
 なお、@とAは集団的自衛権の行使、BとCは集団的安全保障の分野という議論もあるが、BとCは「集団的安全保障の分野」と「集団的自衛権の行使」が重なりうる問題として理解すべきである。

4.“集団的自衛権行使の5要件”
 第2次安保法制懇の北岡伸一座長代理(国際大学学長)は今年2月21日、“集団的自衛権行使の5要件”を記者会見で発表。それは、@密接な関係にある国が攻撃された場合で、A放置すれば日本の安全に大きな影響が出る場合に、B当該国から明示的な支援要請がある場合、C第三国の領海通過では許可を得て、D首相が総合判断して国会承認を得る、というものだ。
 4月に出される報告が、第1次報告の4類型を踏襲するのか、どこまで拡大するのかは今のところ不明だが、周辺関係者からは、米艦防護の条件を拡大すべきとか、紛争地での駆けつけ警護だけでなく、当事国の治安維持も行うべきだなどの議論も出されてきた。また、“邦人救出”や“海外での資産保護”を目的とした自衛隊独自の海外派兵や武力行使にも踏み込む可能性がある。なぜなら、北岡座長代理自身が、「4類型は狭すぎる。集団的自衛権の行使に限定は付けるべきではない」と言明しているからだ。
 さらに、安保法制懇では、「マイナー自衛権」についても議論されているという。これは公然たる攻撃に至らないレベルの侵入に対しても、自衛隊が武力行使できるようにしようというものだ。たとえば、外国潜水艦が日本領海に侵入し、退去要求に応じない場合、あるいは武装民兵が島嶼などを占拠した場合などを想定しているという。しかし潜水艦の場合、領海侵入が事故によるのか錯誤によるのか、また害意の有無など、慎重に対処しなければ、自衛隊の行動自体が武力衝突の契機になりかねない。“武装民兵”の場合も、その認定が正しいのかどうかの判断が必要で、また犯罪者の集団などの場合は警察の対処分野になるのであり、安易に武力行使に至るのは問題である。すでに自衛隊法では、警察では対処できないような治安問題には自衛隊が出動できるようになっており、改めて付け加える必要はない。いずれにせよ、4月の報告が最終的にどのような内容になるか注視したい。

5.「密接な関係にある国」は世界中に!?
 安倍首相がひんぱんに持ち出している集団的自衛権の行使の目的や範囲は、米艦が攻撃されたときとか、米国に向かうミサイルを撃ち落とすなど、あたかも“米国を日本が防衛してやる”というイメージである。このため“北朝鮮のミサイル”とか“日米韓の合同演習などへの北朝鮮の挑発的態度”が引き合いに出されている。これを受けて米国防総省などからは、歓迎の声が出ているが、その真意は“米軍のあらゆる作戦で自衛隊を目下の友軍としたい”ということにある。
 ここで注意を促したいのは、「密接な関係にある国」とは、米国に限らないということである。たしかに、軍事同盟を結んでいる国は「密接な関係にある国」である。しかし「密接な関係にある国」は、字義上も国際的にも、軍事同盟(条約)の有無に限られていない。たとえば、韓国や台湾は、経済関係からも日本の対中国あるいは対北朝鮮政策からも「密接な関係にある」。ASEAN諸国は日本企業の投資や貿易で「密接な関係にある」し、中東諸国は原油や天然ガスの主要な供給地として「密接な関係にある」、またアフリカ諸国でも先端産業に不可欠なレアメタルなどの供給国は、日本にとって「密接な関係にある」と主張できよう。インドなども、これらを結ぶ“日本のシーレーン”防衛上「密接な関係にある」となりうる。つまり、「密接な関係にある国」とは、米国はもちろん、日本の経済活動や軍事戦略上重要な意味を持つ国なら、世界中のどの国でも含まれることになりうる。
 したがって、「密接な関係にある国」は、解釈次第でどこまでも拡大されうる。実際、防衛省出身の高見沢内閣官房副長官補は、「地球の裏側には行けないという性格のものではない」と発言している。

6.恣意的判断や形式だけの恐れ
 「放置すれば日本の安全に大きな影響が出る場合」というのも、どのような種類の、どのような程度の影響かは厳密には規定されないだろう。昨年(2013年)にフランスが行ったマリ派兵は、反政府勢力(ムスリム・ゲリラ)の鎮圧が目的とされたが、その実意は、マリの隣国ニジェールにあるフランス国営企業アレバ杜のウラン鉱山と精製プラントを防衛するためであったと言われている。実際に仏軍は、国境を越えてニジェールに特殊部隊を派遣したという。まさに、「放置すれば大きな影響が出る」という理由による派兵のケースであり、「日本企業防衛」のための派兵と戦闘が可能になる。
 「当該国から明示的な支援要請がある場合」というのを、あたかも“制約的要件”かのように持ち出している。もちろん、要請もないのに派兵すれば、明白な侵略行為になる。しかし、日本が当該国政府に圧力をかけて“支援要請”を出させることもありうる。韓国併合の場合、日本は軍事的圧力で併合条約に署名させ、それを“自発的で合法的な併合”と称した。日本政府は今日も、併合条約は“合法的”だったと強弁している。「支援要請」はあればいいという問題ではなく、当該国の国民にとって、あるいは国際社会にとって、その「支援要請」が妥当であるとは限らない。
 このように、恣意的判断や形式的な手続きで首相が武力行使の是非を判断できるというのは、危険きわまりない。「国会承認」というのも、好戦派の議員が多数を占めている場合、何の歯止めにもならない。憲法が政府や国会をしばるものでなくなれば、「国権の発動たる戦争」(9条が禁止)がいつでも実行されうることになってしまうのである。
 秘密保護法反対運動は急速に拡大したが、安倍の暴走を止めるには間に合わなかった。集団的自衛権問題でも安倍のテンポは急で、私たちは広範で多様な反対の声の結集を急ぐ必要がある。



ll.“積極的平和主義”の看板で進める軍事強権国家と戦争体制づ<リ


 安倍内閣は昨年12月17日、初めての「国家安全保障戦略」とあわせて「防衛計画の大綱」(新防衛大綱)、「中期防衛力整備計画」(新中期防)を閣議決定した。国家安保戦略では、“国際協調主義に基づく積極的平和主義”という言葉が何回も繰り返され、新防衛大綱もそれを「踏まえる」としている。
 国家安保戦略は、1957年に閣議決定された「国防の基本方針について」に代わるものとの位置づけだが、そうだとすれば38年ぶりの大転換である。また、前防衛大綿は民主党政権で2010年に閣議決定されたが、本来「10年間」がめどとされるのに、わずか3年で新防衛大綱に置きかえられた。なお、中期防は、防衛大綱に基づいた5年間の部隊の編成と配備、兵器の数量と購入などの実施計画である。

1.「平和戦略」なき国家安保戦略
 国家安保戦略は、一言で言うなら、安倍イデオロギーと外務・防衛官僚の狙い、そして軍事産業の利害の合成物である。それは中国の台頭と米国の力の相対的低下をにらみつつ、日本が“国際政治経済の主要プレーヤー”となって、アジア太平洋とそれ以外の国際社会の“平和と安全の維持”にも乗り出し、そのために軍事力の増強と海外展開をめざすというものである。
 国家安保戦略では、「安全保障環境と課題」として、グローバルな国家間の“パワーバランスの変化”と、“北朝鮮の軍事力増強と挑発”“中国の台頭と進出”をあげている。それらに対処する戦略は、“日米同盟を基軸”として日米の軍事一体化をさらに推進しつつ、“各国との安保協力を推進する”こと、そして“領域警備の強化”である。この中で沖縄は、“負担軽減に努力”と言いながら、“国家安保上きわめて重要な位置にある”として、米軍基地に加え、自衛隊の配備増強の負担も強いる姿勢である。
 こうして、“核抑止力を中心とする米国の拡大抑止”に依拠しつつ(同時に、“「核のない世界」の実現に取り組む”という!)、米国を盟主とした米日韓、米日豪、米日印、さらにASEAN諸国や欧州(NATOを含む)、中東諸国、中南米、アフリカまでも視野に、グローバルな多国間・多角的な“安保協力”を推進する方針である。
 ただ、この路線は安倍政権で始まったものではない。民主党政権もまた、米国の要求にこたえて、“多国間安保協力”のための外交を行ってきた。それらはすべて、米国と外務・防衛官僚のシナリオ(アーミテージ・レポートにも明らか)に沿った動きであり、安倍首相はそれをさらに“積極的に”進めようとしているのである。最近の安倍首相の諸国歴訪にも、こうした思惑が明白だが、彼と“お友達”の歴史修正主義(侵略、従軍「慰安婦」、靖国参拝、東京裁判など)の言動がそのブレーキになっているのが、米国の“失望”の大きな理由である。
 つまり、それらに平和的に対処し、平和と共生のアジアと世界を創り出していくという“平和戦略”は存在していない。およそ“戦略”であるなら、北方領土や竹島(独島)、尖閣諸島など、最も厄介な国際紛争の種になりやすい問題をどう平和的に、かつ相互譲歩と共同の精神で解決していくかは非常に重要な課題だが、国家安保戦略にはその具体策はない。せいぜい、竹島(独島)問題では「粘り強く外交努力」、中国とは「防衛交流の継続・促進と不測事態回避・防止の枠組み構築」、北朝鮮には「六者会合と日朝交渉」など、現行政策を再確認したにすぎない。

2.海洋、宇宙、サイバー空間、そして情報の安保戦略
 国家安保戦略の推進の“司令塔”を「国家安全保障会議」(NSC)としているが、これは昨年11月に成立した法律により、12月に発足した。首相、官房長官、外相、防衛相のわずか4人で重要な決定を下すという危うい仕組みである。その実働情報機関としての「国家安全保障局」(日本版NSA)も今年1月に発足した。この時期に「特定秘密保護法」も強行成立させられたことを忘れてはならない。あわせて、教育における集権化(政府と首長の権限強化)と教科書内容の国家主義的改変も強引に進められている。
 
「海洋」の分野では、一般的な「航海の自由」ではなく、東シナ海と南シナ海における資源、エネルギーとそれにともなう領有権をめぐる中国との紛争を視野にASEAN諸国と連携し、また、石油や貿易のシーレーンとして中東、インド洋もにらむという視点が明白である。
 「宇宙」では、“情報収集や警戒監視機能の強化、軍事のための通信手段の確保”が強調されている。宇宙開発については、「平和目的に限り、自主、民主、公開、国際協力の原則の下に行う」という国会決議(1969年)があるが、2008年に成立した「宇宙基本法」の目的の中に「我が国の安全保障に資する」という文言が入れられ、“非軍事”の粋がはずされた。それ以来、自衛隊の偵察衛星の打ち上げのたに2011年度までに約8200億円もの予算が投入され、また早期警戒衛星の導入も検討中である。
 
「サイバー空間」では、経済社会での「情報の自由な流通」を掲げているが、“サイバー空間の防護及びサイバー攻撃への対応能力の強化”には、他国の情報の傍受・盗聴、逆のサイバー攻撃の能力強化も含まれる。すでに、陸自の「システム防衛隊」や統幕の「指揮通信システム隊」が活動している。
 
「情報」の分野では、昨年12月に成立した秘密保護法には、サイバー情報の防護も柱の一つとされている。防衛省や外務省などの公務員にはすでに厳しい守秘義務の制度が存在してきたが、秘密保護法はそれをさらにメディアや市民、民間企業にも拡大し、重罰化するものだ。“情報の自由な流通”を掲げる「秘密国家・日本」という奇怪な姿がここにもある。また、“テロ対策”という名目で「原子力関連施設の安全確保」があげられており、原発情報が今まで以上に秘匿される恐れがある。
 国家安保戦略や防衛大綿では、海洋や宇宙、サイバー空間を“国際公共財”と呼び、その「自由なアクセスと利用」を唱えているが、その裏では“自由な軍事利用”と“アクセスの禁止や制圧”が進められているのである。日本版NSAのスタッフは、防衛省、外務省、警察庁、公安調査庁などの職員で固められており、彼らや政権与党にとって“不都合な真実”はいくらでも隠され、また恣意的に悪用されうる。日本の中国侵略戦争をはじめ、ベトナム戦争(トンキン湾事件)やイラク戦争(“大量破壊兵器の存在、テロ組織との関係”)など、戦争がウソやフレームアップで始められた例は少なくない。

3.武器輸出、共同開発・生産の全面解禁へ
 国家安保戦略では、武器輸出や武器の共同開発・生産について、まず“国際協力において自衛隊が携行する重機等の防衛装備品の活用や供与”が引き合いに出されている。まさしく、詐欺商法の見せ金である。眼目は、武器輸出と共同開発・生産の全面解禁により、日本の軍事技術と生産能力の向上を図り、軍需産業の技術と利益の基盤を強化し、世界の武器市場で日本の競争力を強めるというものだ。
 武器輸出三原則は当初、佐藤内閣の時に「共産圏、国連決議で禁止されている国、紛争当事国」について日本は武器輸出をしないという基準から始まり、1976年に三木内閣により事実上「全面禁止」となった。しかし、1983年の中曽根内閣による「対米武器供与」の解禁から、2005年の弾道ミサイル防衛システムの武器技術供与の解禁、鳩山内閣による2010年の日豪物品役務相互提供協定の締結を経て、現在ではF35戦闘機(米)、化学防護服(英)、戦車のエンジン(トルコ)などに拡大してきた。特に安倍内閣は、重要な禁止基準とされてきた“紛争当事国”を削除、代わって“国連憲章を遵守する平和国家としての基本理念”が基準とされた。しかし、国連加盟国はすべて、「国連憲章の遵守」を建前としており、「平和国家」を名乗っている。そうなら、れっきとした紛争当事国であるイスラエルにも武器輸出が可能になる。つまり、それはもはや“基準”とはいえない。
 国家安保戦略は、日本が輸出した武器の「移転を禁止する場合の明確化、移転を認めうる場合の限定および厳格審査、目的外任用および第三国移転に係る適正管理等」に“留意”した新たな原則を定めるという。しかし、このような“条件”を付けたとしても、それは日本政府と当該国政権の利害が一致することを前提としており、その武器が使用されるような紛争の性格の是非や平和解決の必要性、その武器で殺される民衆のことを考慮するものではない。また、いったん相手国政権に渡れば、その政権が他に転売したり「目的外使用」をするのを実効的に防ぐ方法はなくなる。
 このように形式的な“条件”を言い訳にした武器輸出の全面解禁は、他人が流す血を吸って日本企業が肥え太る“死の商人”への道にほかならない。

4.“軍産学官”“NGOとの連携”“住民の協力”そして“愛国心”も
 また、「国家安保戦略を支える国内基盤の強化」も強調されている。技術力については、「産官学の力を結集させて、安保分野にも有効に活用」とされ、また、「国家安保に関する国民的な議論や政策立案に寄与するため、関係省庁(外務、防衛省などの)職員の派遣等による高等教育機関における安全保障教育の拡充・高度化、実践的な研究」が謳われている。
 「国際平和協力の推進」の項では、「ODAや(相手国の)能力構築支援のさらなる戦略的活用やNGOとの連携”により、“安保分野でのシームレスな支援を実施」とされている。ODAなどの国際協力を、人道支援や途上国の自立のためでなく、日本の安保戦略に組み込むことを公言したものである。また、国際協力のNGOは、政府の政策や軍隊の活動の一部ではなく、自発と自立の精神で、住民と密着した活動によって信頼と実績を生み出せるのであり、NGOを“安保分野で連携”させるのは、NGOの自立性と信頼性を損壊させることになる。これはアフガニスタンなどの紛争地で各国NGOも指摘し、作戦や情報収集のNGOの軍事利用に抗議してきたものである。
 「社会的基盤の強化」では、「我が国と郷土を愛する心を養う」、「自衛隊、在日米軍等の活動の現状への理解を広げる」、「防衛施設周辺の住民の理解と協力を確保する」などが並ぶ。これもまた自民党の「国家安全保障基本法案」の、「国は、教育、科学技術…その他内政の各分野において、安全保障上必要な配慮を払わなければならない」(第3条2)、「国及び地方公共団体は、安全保障に関する国民の理解を深めるため、適切な施策を講じる」(同条6)、「国民は、国の安全保障施策に協力し、我が国の安全保障の確保に寄与」(第4条)と軌を一にしている。教育委員会制度の改悪や教科書の歴史記述の変更強要、愛国心教育など、安倍政権の「教育再生」路線もその一環である。

5.防衛大綱一対中国・対北朝鮮の臨戦態勢づ<りと海外展開戦略
 新防衛大綱は、「主要国間の大規模武力紛争の蓋然性は、引き続き低い」との認識を踏襲しつつも、「日米同盟を強化し、諸外国との二国間・多国間の安保協力を推進」「防衛力の能力発揮のための基盤確立」「軍事部門と非軍事部門の連携」「政治の強力なリーダーシップにより、迅速かつ的確に意思決定」「地方公共団体、民間団体等とも連携」など、国家安保戦略の内容を“再掲”している。
 その軍事的骨格となるのが
“統合機動防衛力”という概念である。3年前の防衛大綱(民主党政権)では、「動的防衛力」という新概念が出されたが、これは長年定着していた“最小限防衛力”のための「基盤的防衛力」という基本方針を覆すための改変だった。「統合機動防衛力」は、それをさらに改変して集団的自衛権の行使や対中国軍事態勢の強化に適合させようとするものである。
 それは、「常時継続的な情報収集・警戒監視・偵察活動」(常続監視)とともに、「迅速な部隊配置と機動展開を含む態勢構築」で、「海上優勢及び航空優勢を確保」するため、「防衛力の質および量を十分に確保」するという内容である。
 また、「情報協力および情報保全」(秘密保護法の強行成立)、「韓国との情報保全協定(GSOMIA)や物品役務相互提供協定(ACSA)の締結」(韓国内の反対で頓挫中)、「日米韓・日米豪の三国間の枠組みによる協力関係」を軸とし、東南アジア、インド、英仏など欧州,NATOとも安保協力を推進するなどを掲げ、それらを包含する外交政策を、厚かましくも“積極的平和主義”と称している。
 強調されているのが、「島嶼への侵攻の場合、これを奪回。弾道ミサイル、巡航ミサイルに的確に対応」「ゲリラ・特殊部隊による攻撃の場合、原発等の重要施設の防護と侵入部隊の捜索・撃破」など「グレーゾーンを含む各種事態に兆候段階からシームレスかつ機動的に対応しうる態勢」である。これは明らかに対中国、対北朝鮮の軍事態勢づくりである。 こうして自衛隊の重視事項として、「南西方面の防衛体制強化」「海上優勢、航空優勢のための防衛力整備を優先」「幅広い後方支援基盤の確立」「機動展開能力の整備」などが列挙されている。
 そのための装備として、無人偵察機、水陸両用作戦能力(海兵隊機能とその装備)、弾道ミサイル発射手段等に対する対応能力(「敵地攻撃能力」)、情報収集、指揮統制・情報通信のための人工衛星などが挙げられている。また、「アフリカ等の遠隔地での長期の活動も見据えた輸送・展開能力および情報通信能力」も加えられている。これらは海外での作戦展開、集団的自衛権の行使の準備と訓練でもある。
 島嶼防衛では、陸自は機動師団などのほか、「空挺、水陸両用作戦、特殊作戦、航空輸送、特殊武器防護」などとともに、「国際平和協力活動」にも対応できる「機動運用部隊」を保持。すでに偵察部隊の配備やF15戦闘機部隊の増強が沖縄本島や先島で進められているが、これに地対艦誘導弾部隊や機動戦闘車(空輸も可能な軽量・高速の戦車)も加える方針だ。
 海自では、多様な能力を持つ護衛艦、イージス艦、潜水艦、哨戒機が増強される。空自は地上と航空の警戒監視部隊,F35ステルス戦闘機、空中給油・輸送部隊が増強される。
 また、「能力発揮の基盤」として、訓練・演習(北海道の活用、南西地域での米軍基地の共同使用)、基地の抗たん性(敵の攻撃に耐えてその機能を推持する能力)の強化、民間空港・港湾の使用検討などが挙げられ、女性自衛官の活用や栄典・礼遇施策(特別手当、勲章、死んだら靖国へ?)や、自衛官の経験をひろげ、「政府の一員として柔軟に即応できる人材確保」(制服組を政府で大量に活動させる!)などの人事政策も打ち出されている。「文官と自衛官の一体感の醸成」(内局の制服組への統合)や、政策立案・情報発信機能の強化も図るという。
 さらに、「防衛装備品の活用等による平和貢献・国際協力」のために共同開発・生産への参画が求められているとして、武器輸出の新原則を定め、先端技術の流出を防ぐ“技術管理機能”(=秘密保護)を強め、民生技術も積極的に活用するという。あわせて、「地域コミュニティーとの連携」「教育機関等における安保教育と各種連携の推進」も図る。
 これは、まぎれもなく戦争できる国づくりの設計図である。歴史修正主義、集団的自衛権の行使容認論、南西方面への「統合機動防衛力」による臨戦態勢、軍事的な世界展開戦略と“死の商人”への加速―これらは、周辺国の警戒と軍事緊張を高めるだけで、平和と安定に逆行するが、むしろ彼らは、それを望んでいるふしがある。そうなればなるほど、軍事強権国家づくりが正統化しやすいからだ。

6.中期防
 中期防は、このような国家安保戦略と防衛大綱のシナリオを、具体的な部隊編成・配置と武器の種類・数量で示す「5年間の計画」である。
 ここでは、統合機動防衛力や南西地域の防衛態勢、装備品や人事など、防衛大綱の柱を再掲しているが、「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)の見直しが要注意だ。米軍再編と多国間軍事協力システムの構築を進めつつ、集団的自衛権の行使を含む共同作戦のあり方を再検討するというのである。
 陸自では、「陸上総隊」が新編成され、対テロ作戦や海外派兵の中核とされた中央即応集団は名前を変え、そこに編入される。南西方面戦略に基づき、沿岸監視部隊(与那国島など)や初動警備部隊、「水陸機動団」(九州)が新たに編成され、北海道と九州以外にある戦車を廃止しつつ「機動戦闘車」部隊が編成される。大砲など火砲も集約される。これに伴い、地域配備の師団・旅団の数が減り、機動運用部隊が4個師団・4個旅団・1個空挺団・1個水陸機動団・1個ヘリコプター団へと増やされる。
 海自では、「常続監視」や対潜水艦戦の強化のため、ヘリ搭載護衛艦1隻とイージス艦2隻を中心とする護衛隊群4個に加え、護衛隊を5個から6個に増やす。内訳は、イージス艦が6隻から8隻に、護衛艦は47隻から54隻に増え、潜水艦は16隻から22隻まで増やす方針だ。
 空自では、警戒航空隊2個、戦闘機部隊12個、空中給油・輸送部隊1個が1個ずつ増やされ、戦闘機は260基から280機になる。
 新規導入兵器には、滞空型無人機や艦載無人機、多用途小型護衛艦、F35戦闘機などのほか、オスプレイ導入も明言されている。また、地対艦誘導弾とともに、艦対艦誘導弾の射程延伸が図られる。]バンド衛星通信網も整備され、相手のサイバー空間利用を妨害するサイバー攻撃部隊を視野に人材育成を図るとし、
“敵地攻撃能力”を検討して保持する方針だ(すでに航空教導団がその任務に)。人的情報収集(スパイ)機能の強化と情報保全も打ち出されている。
 これら部隊と兵器が集中する「南西地域」、とりわけ沖縄は、米軍基地の重圧に加えて自衛隊基地の重荷が陸海空のいずれでも増え、さらに臨戦態勢の強化による一触即発の緊張にさらされることになる。
 武器開発・生産・輸出のため、日本の武器製造企業の利益に配慮し、米英などとの共同開発・生産を推進するとし、地対空誘導弾PAC3の代替、戦闘機の共同開発、レーダーやソナーの研究を進め、「産官学」の力を活用するとしている。安保教育の推進や防衛省の組織再編などは大綱と同じである。
 これらにかかる費用は、5年間で上限24兆6,700億円(年平均4兆9,340億円)となる。軍産政官学にわたる強大な利権構造が、“平和と安全”を掲げて権力と利益をむさぼっている。
このような“富国強兵”策からは、国境を越えた民衆の安心と共生は生まれない。


憲法を生かす会 関東連絡会連絡先
:中央区日本橋3−5−12吉野ビル5階 Tel 03−5269−4847
千葉:千葉市中央区新千葉2−1−1−401 Tel 043−244−3860
茨城:水戸市桜川1−5−3岩上ビル2階   Tel 029−233−1110