改訂版
 
「改憲国民投票法」なんていらない




【徹底解明】
「改憲手続き法案」の問題と批判

                                             憲法を生かす会・栃木

 憲法無視の国会擬事堂に怒りの落雷

 作:砂川良夫

「改憲国民投票法」なんていらない

   【もくじ】  批判と分析(最新版) 自公民の「国民投票法」の批判と分析(最新版)PDF版 (2006年1月)
             批判と分析(改訂版) 自公民の「国民投票法」の批判と分析(改訂版)PDF版 (2005年5月)
はじめに……………………………………………………………………………………
T 進められる憲法改悪の準備…………………………………………………………
U 憲法96条で「改正手続き」はどうなってる……………………………………
V 自公の「国民投票法案」一改憲に有利な仕組みがいっぱい……………………
W 改憲議連の「発議手読き法案」−転んでも改憲案を発議する仕組み……

   【追記】

「自民党新憲法草案」の分析と批判………………………………………………
 
はじめに

 05年1月20日、ブッシュ大統領は2期目の就任演説で、「自由と民主主義を世界に拡大する。必要なら武力も使う」と言いました。力にものをいわせて世界に米国の覇権を打ち立てるネオコン流「帝国」路線の再確認です。
 米国に加担することで日本の「世界大国一化を狙う小泉内閣は、イラク戦争で「有志連合」に真っ先に参加し、自衛隊の海外派兵をさらに進める「武力による国際貢献」を本格化させようとしています。そのため、「不戦・非武装」の憲法九条を破り捨て、自衛隊を軍隊として公認し、日本が攻撃されていなくても海外で武力行使できる(「集団的自衛権」を使える)憲法にしようとしています。また日本をそのような「戦争のできる国」にするためには、国民に「国防の責務」を課し、基本的人権や市民的自由を制限し、「愛国心」教育を押しつけようと考えています。自民党はすでに、そんな改憲案を05年11月に向けて作りつつあります。
 財界を代表する経済3団体も、同じ趣旨の改憲提言を発表しています。グローバル化世界に、日本が「武装した経済大国」として乗り出していく戦略が固められているのです。


   ◇  ◇  ◇

 自民・公明両党の「国民投票法等に関する与党協議会実務者会議」は04年12月3日、「憲法改正国民投票法案」などの内容について合意し、05年の第162通常国会に「国民投票法案」と、憲法調査会(その後、常設の「憲法委員会」(仮称)を設置する案が浮上)に同法案審査する権限を与える「国会法改正案」を出すという報告をまとめました。自公両党はさらに、「憲法委員会」を「改憲案」そのものを作る委員会にすることも考えています。
 そして05年4月15日、改憲派は衆院憲法調査会で採決によって「最終報告書」を決め(賛成は自民・公明・民主、反対は共産・社民)ましたが、その末尾には「改憲手続法の整備」とそのための「国会に常設機関を設置」についての意見まで掲載されました。
 このように国民投票法案や改憲発議手続き法案は、いつでも憲法改悪できるようにする重要なステップであることは明らかです。実際、自公合意は「憲法調査推進議員連盟」(以下「改憲議連」と略。会長・中山太郎衆院憲法調査会長)が01年11月に発表した国民投票法案と改憲案発議手続き法案が基本であり、それには憲法改悪に都合いい仕掛けがいくつも組み込まれています。だから私たちは、改憲手続き法案を出すこと自体に強く反対します。
 しかし、「憲法に改正条項があるのだから」とか「国民投票は主権者である国民の権利なのだから良いのでは」という人もいます。それには善意からの意見も含まれてはいますが、問題は抽象的な「国民投票一般」の是非ではなく、改憲派が用意している具体的な国民投票法案の意図と内容なのです。そして現在の国会の勢力関係を見れば、「内容が悪ければ修正または対案を」というわけにはいかないのです。もちろん国会で一部の修正は可能かもしれませんが、憲法の運命を左右する改憲手続き法を九条改憲派に委ねることはできません。
 このパンフレットは、自公両党が準備している改憲手続き法案の仕組みと問題点を洗い出したものです。その内容は膨大であり、理解が難しい用語や仕組みも盛り込まれていますので、その意味や狙いをできるだけ分かりやすく説明したいと思います。
 一方、民主党は05年2月、国民投票法の制定に賛成し、自民党と協議を進めることで合意しました。また、民主党憲法調査会の役員会は4月25日、「改憲」の立場から国民投票法案についての「論点とりまとめ案」を作りました。今後始まる3党協議で「自公民の共同案」がまとまれば、自公案とは多少とも違ったものになるでしょうが、それでも、「改憲のための、改憲に有利な発議や国民投票の方法」という方向や内容には変わりないでしょう。

   ◇  ◇  ◇

 現在の日本国憲法は、「世界に先駆けて平和の思想を示す憲法」として、日本に住む人だけでなく国際的にも「世界人類の共有財産」と考える多くの人びとがいます。いわゆる「新しい人権」と呼ばれる諸権利も、現憲法の規定を生かせば十分に保障される規定がそろっています。「私・たち」にとって、現行憲法は変えるべきでなく、政治に暮らしに「生かす」べきものです。いま必要なのは、「改憲のための国民投票」ではありません。
 だから私たちは、「憲法改悪のための国民投票法案」に反対します。
 このパンフレットが、憲法改悪を許さない皆さんの運動に役立てば幸いです。

 
T 進められる憲法改悪の準備


自公は05年通常国会を改憲の突破口とすることで合意

 自民.公明両党は05年1月29日、実務者会議の報告に基づいて改憲手続き法案の「概要」と、それを通常国会に提出することについて合意しました。その国民投票法案の骨子については後で論じますが、両党は通常国会をどのように「改憲国会」としようとしているのでしょうか。

自公実務者会議の報告要旨

(1)「日本国憲法改正国民投票法案」については、自民党が提案した法案(改憲議連案
 と同じもの)に修正を加え、これを基に法案化の作業を進める。
(2)国民投票法案を審査するため、国会法を改正し、衆参両院の憲法調査会に国民投票、
 に関する法案の審査及び起草権限を付与する。なお、憲法調査会の名称については、
 両院の議院運営委員会に協議を委ねる。
(3)右の両法案は次の常会(05年通常国会)に提出し、国会法改正案は4月中に成立
 を図り、憲法調査会が最終報告を提出後、引き続き国民投票法案の審査に入り、早
 期成立を図る。
(4)憲法改正案を発議するための原案の審査を行う権限については、(2)の機関にさらに
 付与すること を念頭に、その環境及び条件などを整えつつ、引き続き検討を行う。


 実務者会議の「報告」で、国民投票法案の自公協議の土台は改憲議連案であることがはっきりしました。そして自公両党は、改憲議連案をいくつかの点で「修正」することで合意しました。しかし、その「修正」は後でみるように改憲議連案より後退していたり、矛盾を持ったままのものです。


国会に「憲法を変える委員会」が置かれる

 衆参の憲法調査会は2000年1月に設置された際に、「憲法の広範かつ総合的な調査」を目的とすると決められ、与野党間で「法案審査はできない」ことが合意されました。しかし自民党などの改憲派は憲法調査会を、「調査」ではなく、現行憲法を非難して「憲法を変えるべきだ」という主張の場にしてきました。
 そしていま、自民党の改憲案づくりにあわせ、改憲のための手続き法案を出そうとしています。けれどもいまの国会には、改憲手続き法案を審議する委員会がありません。そこで自公両党は、またも国会法を変えて今度は「憲法委員会」を常設し、国民投票法案とさらには「改憲原案」まで審議できるようにしようとしているのです。
 さらに、改憲手続き法案の共同作成で自民党と民主党が合意したことは、自公案の提出より多少の時間はかかっても、自公民3党合意ができたら成立に時間はかからないことを意味しています。


「改憲案発議手続き法案」も用意

 自公実務者会議の名称が「国民投票法案等」となっているように、協議の対象には国民投票法案だけでなく国民投票の前提となる改憲案発議手続き法案(国会法改訂案)も含まれています。改憲案発議手続き法案は「国会法改正案」として用意されており、議院運営委員会に付されます(憲法調査会を継続し、法案審議権を与える「国会法改正案」も同様です)。
 しかし衆院の議運には共産党も社民党も理事がおらず、参院では議運の委員さえいません。


憲法改悪をとめるため、「改憲国会」にさせない

 こうして憲法調査会の「目的」や「与野党合意」は、完全に反故にされようとしています。
そして、憲法改悪の動きと改憲手続き法制定の動きとは一体になって進んでいます。自民党とは少し違う角度から改憲を主張している最大野党の民主党が、改憲手続き法の制定に前向きなのも、この動きを促進しています。
 しかし各種の世論調査では、九条を変えることに反対の人が依然として最も多く、いま各地で、また若者たちからも「九条を守ろう」という声が上がり、多様な行動が広がっています。それこそが希望の力です。
 
U 憲法96条で「改正手続き」はどうなってる

 憲法の「改正規定」を見る前に、それをどう考えるかが最も大事なことです。たしかに、憲法は永久に不変だとか、絶対に改正できないというものではありません。しかし、変える必要もないのに変えるとか、まして明らかな改悪をしようとするのは間違っているからです。


憲法96条に定められた「改正手続き」

 いまの憲法は、第96条で憲法改正の手続きを定めています。以下が96条の全文です。

@この憲法の改正は、各議院の総議員の3分の2以上の賛成で、国会が、これを議決し、
  国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は
  国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。
A憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体を
  成すものとして、直ちにこれを公布する。


 つまり、「国会の発議」⇒「国民投票での承認」⇒「天皇による公布」というのが手続きの流れです。いま改憲派が成立を求めている改憲手続き法案は、その「国会の発議」と「国民投票」の方法を、あくまで改憲派に有利に決めようというものです。
 しかし改憲派の改憲手続き法案の内容を検討する前に、改憲には「限界」があることを踏まえなければなりません。「主権在民」の原理、「基本的人権」の不可侵性、「不戦.非武装」の平和主義などの憲法原則と矛盾したり、それを否定するような改憲は、「憲法の破壊」であり、そのような憲法改悪の行為自体、改憲の限界を逸脱したもので憲法違反なのです。
 このことは、しばしば議論から省略されてしまいますが、きわめて重要な「もうひとつの憲法原則」なのです。
 なお、民主党の「論点とりまとめ案」は、「憲法改正の限界を認める。平和主義、国民主権、憲法改正規定など、根本規範としての中核をなす部分については、改正できない」としています。これは一般的、抽象的には正しい考え方です。しかし「平和主義」について、九条1項さえ変えなければ、2項(非武装)は変えてもいいというのが民主党の立場で、自公両党もそれを承知で「平和主義は堅持する」と言っているのですから、「憲法改正の限界」という言葉もシリ抜けです。


国民投票法がないのは「立法不作為」?

 自民党などはしばしば、「憲法96条では改憲できることになっているのに、改憲の手続き法がないのは『立法不作為だ』」などと主張しています。しかし立法不作為とは、国民の生活や権利に必要な法律を国会が作らないため、国民に不当な損失や障害が生じる場合のことを指しています。現行憲法によって国民に不当な損失や障害は生じていません。むしろ、政府・与党が憲法を守らず、憲法に背く現実を積み重ねてきたことが、私たちの生活と権利に重大な損失や障害をもたらしてきたのです。
 そして、憲法を変える必要がなければ、改憲手続き法も必要ありません。彼らは「改憲の手続きを決めるだけだ」と言って、いかにも改憲の内容とは無関係かのような顔をしていますが、どうしても改憲手続き法が必要なのは、つまるところ九条の改廃を中心とする改憲を求めている人びとだけなのです。


国会が改憲案を発議するとき

 さて、国会が改憲案を発議するとき、どんな手続きが必要なのでしょうか。
「各議院の総議員の3分の2以上の賛成で議決」しなければなりませんが、「各議院の議決」とは、衆議院と参議院がそれぞれに同じ改憲案を議決したとき、という意味です。もし、@衆議院で議決した改憲案を参議院が否決したり、A参議院が議決そのものをしなかったり、B参議院が別の改憲案(修正案も含む)を議決したら、それは国会が発議したことになりません。Bの修正案を衆議院が受け入れて再度議決した場合を除き、改憲案は「廃案」となります(いずれも衆参が逆の場合も同じ)。
 この国会発議の手続きは単純明快です。ところが改憲派は、あとで見るように、この手続きさえも改憲派に都合よくねじまげる仕組みを作ろうとしているので、要注意です。
 つぎに「総議員」とは、死亡や辞職などの「欠員」を除く「在職議員の総数」という説もありますが、憲法という最も重要な問題を扱うには「法定議員数」(欠員は反対票)であるべきという有力な意見があり、民主党の提案も一応、その立場をとっています。
 このように改憲案発議の手続きはあくまで国会が行うもので、内閣は出番がありません。
最高法規である憲法の改正に関われるのは、「国権の最高機関」である国会だけなのです。
改憲派の一部には、一般の法律案と同じように「内閣にも改憲案の提案権を認めよう」という主張がありますが、とんでもない間違いです。
 自公民3党は、この発議手続き法案(国会法改正案)も出す用意をしています。その原案は改憲議連がすでに01年に発表しているものです。しかし自公合意でも、この発議手続き法案の詰めは後回しにされていることもあり、このパンフでは、その検討は後で行ないます。


改憲の是非を決めるのは国民投票

 国会(衆参両院)が正しい手続きで改憲案を議決したら、いよいよ国民投票になります。
その国民投票の実施日は、「特別の国民投票の日」として国会が指定することになるでしょう。もうひとつは、「又は国会の定める選挙の際」、つまり衆議院総選挙や参議院通常選挙と同時に国民投票を実施することもできます。憲法では、どちらでもいいことになっており、その選択は国会が決めることができます。


国民投票で改憲に必要な「過半数」とは

 憲法96条では、国民投票での承認に必要なのは「その過半数の賛成」とされています。本来ならば、それは国民(有権者)の過半数であるべきです。国民(有権者)の過半数が改憲に賛成の投票をしなかった場合、改憲案は国民投票での承認を得られなかったことを意味するからです。この方式は、「国民の承認」という趣旨に合致しているだけでなく、改憲に必要な「投票率」の問題も生じません。改憲案が承認されるには、賛成票が国民(有権者)の過半数に達した場合だけで、それには国民(有権者)の過半数をはるかに上回る人が投票した場合だけになるからです。
 これとは違い、「投票総数の過半数」という考え方もあります。この場合、@明確に賛成票でないものは反対票にカウントすること、A国民投票が成立する「投票率」を設定すべきこと、などが必要でしょう。@は、「無効票」がなくなり、民意がより包括的に反映されることになり、Aは、改憲という重大な問題が低い投票率でも成立するという事態を防げるからです。
 しかし、この「何の」過半数かということが、ひとつの大きな争点になっています。改憲派が、国民(有権者)の過半数でも「投票総数」でさえもなく、「有効投票の過半数」という最も狭い基準を持ち出しているからです。このことも後で述べますので、ここでは、投票の「分母」が問題になっているということを覚えておいてください。

 
V 自公の「国民投票法案」――改憲に有利な仕組みがいっぱい

自公の「国民投票法案」は改憲議連案が土台

 04年12月3日の与党実務者会議報告では、自民党側の国民投票法案の提案は改憲議連の案と同じものであったと記されています。それを叩き台に協議して、いくつかの修正を加えたものが与党協議会に提出され、05年1月29日の「自公合意」になりました。
 そこで、この自公合意にそって主な問題点を見ていきましょう(各小見出しにつけた「 」内は与党実務者会議報告からの引用)。

発護から1〜3ヵ月の短時間で国民投票

−「国民投票は改憲発議から30日以後90日以内において内閣が定める期日に行う」

 改憲の是非について、国民投票までに国民の議論や判断のためにどのくらいの準備期間をとるかは重要な問題です。準備期間が短かければ短いほど、金やマスコミ、組織を動員したキャンペーンをする方が有利になります。
 自公合意では、「国民投票は改憲発議から30日以後90日以内に行う」となっていますが、改憲議連案では「60日以後90日以内」となっていました。自公合意は、それをさらに短縮したものです。2〜3ヵ月でも短いのに、1ヵ月あまりで有権者はどれだけ議論や検討ができるのでしょうか。「国民には考えさせないで一挙に投票に持ち込む」というねらいが透けて見えます。この点は自公合意でさらに悪くなったものです。
 この点で民主党は、「60日以後、180日以内」と自公案より長い周知運動期間を提案していますが、同時に「一律に期間を定めることなく、発議の際に個別に決する」と60〜180日の間なら伸縮可能という条件がついており、実際は自公案の範囲内にとどまってしまう可能性があります。
 ちなみにイタリアでは、憲法改正法案は各議院で少なくとも3ヵ月の期間を置いて、引き続き2回の審議での議決が必要で、スイスでは有権者の署名による憲法改正発案制度があり、それには署名登録から18ヵ月の期聞が定められ、それが成立してから5年で投票に至るというように、改憲には慎重な手続きと、市民が討議できる相当な期間が設けられています。

国民投票が国政選挙といっしょでは改憲運動に集中できない?

−「『与野党が政権の維持・獲得を目指し相争う国政選挙』と『与党と主要野党間で合意
 した憲法改正案に対する賛否を争点とする国民投票』との性格の相違にかんがみれば、
 国民投票と国政選挙は別個に行われることが適当であることから、両者が同時に行われ
 る場合を念頭に置くことなく、国民投票の期日の告示日を定めることとした」

 憲法96条では、改憲の是非を問う国民投票は「特別の国民投票又は国会の定める選挙(国政選挙)の際」に行なうことになっています。自公合意は、これを「特別の国民投票の日」に限ろうというのです。これにはどんな思惑があるのでしょうか。
 まず、国政選挙といっしょでは、改憲派の政党間の争いが大きく、改憲派として「団結」しにくくなると考えたのでしょう。
 また九条改悪に反対する人が依然として多い現状では、同日投票では議席の増減に大きく影響し、場合によっては政権与党の地位も危うくなりかねません。さらに、国会議員やマスコミが選挙に集中し、資金も選挙に投じられている最中には、改憲のための国民投票運動に人も金も十分に投入できないという判断もあるのでしょう。
 自公の実務者会議報告では2つの投票の「性格の相違」を理由にしていますが、実際はこのような思惑が働いたものと考えられます。

公民権停止中の者には投票権を認めないことに

−「衆参両院の選挙権を有する者は、国民投票の投票権を有する」
−「国民投票の投票権は、国民の国政への参加の権利として国政選挙の選挙権と同等のも
 のと考えられることから、国政選挙の選挙権者と一致させることとした」

 前項では「国政選挙と国民投票とは性格が違う」と言いながら、ここでは「国民投票の投票権と国政選挙の投票権とは同等のもの」と使い分けています。国民投票の投票権を「衆参両院の選挙権を有する者」にのみ認めるというのは、改憲の是非の選択に公選法を基準として使うということです。そうなるといくつもの大きな矛盾が生まれます。
 改憲議遵案では、重罪犯として服役中の人には投票権を認めないとする一方で、選挙違反で公民権停止中の者には「国民投票の投票権まで否定する理由に乏しい」として、投票権を認めていました。これに対しては、選挙違反には改憲派が多いから、すこしでも改憲に有利にしようとするものではないかという皮肉めいた指摘もありました。自公合意はそれを気にしたのかもしれませんが、公選法を準用したため、自公合意では公民権停止中の者には投票権を認めないものになっています。
 ここでは、犯罪の種類や刑の軽重で国民投票の投票権の有無を線引きすることの適否という問題もあります。できるだけ多くの人の意思を反映させるという点からは、自公合意は明らかに後退です。けれども「投票権者」の範囲という問題は、実は次に見るように、処罰中の者にとどまらない重大な問題を持っているのです。

投票は「20歳以上」に制限し、若者から自分たちの未来の選択権を奪う

−「国民投票には、公選法に規定する選拳人名簿及び在外選挙人名簿を用いる」

 「公選法に規定する選挙人名簿を用いる」という自公合意は、改憲の是非について投票できるのは「20歳以上」に限るということを意味しています。しかし、改憲でその人生に最も長く、最も大きく影響を受けるのは若者たちで、その影響は少なくとも10年単位で数世代にもわたります。しかも、これら若者の多くは、すでに就職、修学、結婚など社会生活を営んでいるのです。それに「当面の代表者」を選ぶ国政選挙の基準を当てはめて、投票権を「20歳以上」に制限するのは、若者の意思を切り捨て、将来の選択権を奪うものです。
 自民党などは、14歳の少年にも刑事責任を問い、厳罰を課す法制を作ってきました。これと比べても大きな矛盾です。一方、世界の流れなどを踏まえて、18歳や15歳以上に投票権をという意見も出ています。したがって改憲の是非についての選択権は、たとえば基本的には義務教育を修了した人など、「社会的判断能力」があると認められる、できるだけ多くの人に認めるべきで下この点で民主党案は「18歳以上」とし、「例外的に義務教育終了者までに対象を拡げるべき」としていますが、この「例外」の判定は国会がすることになり、多数党の恣意が働くことになるでしょう。
 ちなみに、沖縄県与那国町では04年10月、石垣島との合併の賛否を問う住民投票には中学生も参加しました。また、中米の「軍隊を捨てた国」コスタリカでは、最高裁の憲法法廷に提訴するのに年齢制限はなく(国籍制限もない)、提訴の最年少記録は8歳の小学生です。

たくさんの条項を変えるのも、一括して○×で?

−「投票用紙の様式・投票の方法、投票の効力その他必要な事項は、発議の際に別に定め
 る法律の規定による」

 「投票用紙の様式や投票方法などは(改憲案)発議の際に定める法律による」ということは、改憲案を発議する瞬間まで、どんな方法で投票することになるのかを隠しておくという意味です。これでは、発議の際に「一括して○×で投票させる」と決めて押し切ってしまうことも可能になります。まさに姑息な「闇討ち」の手口です。
 自民党は、憲法の前文も九条も天皇も、自由や基本的人権、男女平等も変えてしまおうと考えています。こんな全面改憲は現行憲法では許されないものですが、百歩譲って、それでも本当に民意を問うというのなら、最低限、一項目ごとに○か×を書けるようにするのが当然です。しかし、それでは自民党は、すべての改憲条項について国民の過半数の支持を得る自信がないので、「一括投票」で押し切る余地を残したいということなのでしょう。けれども今そう言うと、「国民無視だ」と言われるので、投票方法を発議の時まで隠しておく、ということなのでしょう。
 もし「一括投票」になれば、賛成を得やすい条項(砂糖)を加えて危険な条項(毒)をまぶすことがさらに容易になります。このような「抱き合わせ販売」は、独禁法でも禁止されている詐欺商法です。
 なお民主党は、個別投票方式を原則としつつも、「相互不可分な条文の間では投票矛盾が生じないような投票用紙の工夫が必要」としています、これは自公案よりは合理的ですが、九条や基本的人権、自由にかかわる条項がそれぞれ「一グループ」にまとめられ、そのグループでは一括投票になってしまいかねないという間題を含んでいます。
 また、投票の書式について民主党案は、「『可』とするものに『○』を付す方式を採用すべき」とし、「白票は反対票となる」としています。これは、積極的に改憲に賛成。の意思を表明するもの(○)のみを賛成票にカウントするという考え方で、自公案よりは合理的です。「無効票」の扱いについては民主党案は明確にしていませんが、「棄権及び無効票に不当に影響される制度設計は避けるべき」としていますので、論理的には無効票も反対票にカウントするということになるはずでしょう。

「投票総数」はできるだけ少なく?

−「国民投票において、憲法改正に対する賛成投票の数が有効投票の2分の1を超えた場
 合は、国民の承認があったものとする」

 憲法96条は「憲法改正は国民の承認を経なければならない」とし、「この承認には国民投票において、その過半数の賛成を必要とする」と定めています。では、「その過半数」とは何の過半数でしょうか。
 前にも述べたように、それは国民(有権者)の過半数であるべきです。憲法は国民が定める最も大切な「最高法規」ですから、国民のできるだけ多くが投票できるというのが「国民の承認」という趣旨に合致し、改憲に必要な「投票率」の問題も生じないからです。
「投票総数の過半数」という考え方については、その場合でも、@明確に賛成票でないものは反対票にカウントすること、A国民投票が成立する「投票率」を設定すべきこと、などを指摘しました。
 ところが自公合意は、それを「有効投票の過半数」に切り詰めるものです。たとえば「九条を変える」に「反対」と書いたら、「無効票」にするというのです。これは改憲の是非について「民意を問う」より、「投票数をせばめる」のが有利だと考えているからです。
また自公合意にも改憲議連案にも、改憲の承認に必要な「最低投票率」の考えは見当たりません。そうなると、たとえば投票率が30%であっても、その過半数が賛成すれば憲法は変わってしまいます。つまり有権者の15%の賛成でも改憲が成立することになるのです。これは果たして、「最高法規」である憲法の改定の是非を決めるのに適当でしょうか。
 この問題で民主党は、「投票総数を基準とすべき」としていますが、このとき問題となる投票率が低い場合については、「投票結果を『無効』とすることについては引き続き検討する」と結論を先送りしています。

改憲案は投票当目、「適当な場所」に掲示するだけ

−「市町村選管は、国民投票の当日、投票所その他適当な箇所に改憲案を掲示する」

 改憲案を「公報」以外で投票権者にどのように周知させるかについて、改憲議連案では「投票用紙にも記載する」となっていました。しかし全面改憲を考えている自民党は、投票用紙に印刷したのでは膨大になると考え、「貼り紙」にしたのでしょう。
 自民党も民主党の鳩山さんも、前文から最後の条項まで全面改憲を主張しており、その改憲案は140条近くに及ぶと言っています。これでは人びとは投票所でじっくり考えることもできません。それだけ事前の「改憲キャンペーン」の影響力が増すことになります。

国民投票運動に金は使い放題

−「国民投票運動は基本的に自由であるとの原則の下に、必要最小限の規定を整備」

 改憲の是非の選択にあたっては、賛否双方の主張を伝える運動はまさに「基本的に自由」であるべきです。しかし与党合意は、この「自由」を自分たちに都合よく使い分けています。
 自公合意は「改憲議連案を維持する」としていますが、その改憲議連案では「マスコミに憲法改正の広告を記載させるのは規制の対象にならない」となっています。新聞やテレビの広告は高いので、お金がたくさんある側はいくらでもタレントやマスコミ広告使って宣伝できることになります。つまり宣伝資金は無制限(自由)ということは、お金がある方は大宣伝ができるということを意味しています。
 国民投票運動はあくまで投票権者の自由というのであれば、投票権者ではない企業・団体による資金提供を禁止して、「個々人の選択」「資金は個人の拠出」という原則を貫くべきでしよう。しかし企業・団体献金を禁止したくない自公などの政党は、この点には口をつぐんでいます。民主党案にも触れられていません。

公務員・教員などは個人としての運動も認めず処罰

−「公務員及び教育者は、その地位を利用して国民運動をすることができない」

 ここでは、投票事務の管理者、職員や裁判官、検察官、警察官などが国民投票運動を原則禁止されるだけでなく、「国又は地方公共団体の公務員及び教育者(学校教育法に規定する学校長及び教員)には、「地位利用」による国民票運動を禁じています。このような規定は公選法と同様ですが、地位利用にわたらなければ運動はできると言っても、その判断運用は伸縮自在の面があり、一般の公務・教育労働者の口と手足を過剰にしばりつけるものにされるおそれが十分にあります。この規定の判断・運用は警察・検察が行なうことになるからです。
 最近では、公務員が休日にビラを配っただけで「公務員法違反」として逮捕・起訴するという公安警察・検察の暴挙が目立ちます。これでは数百万人の公務員・教員が、事実上「思想・良心の自由」「表現の自由」を奪われ、運動から排除されてしまいます。
 この点について民主党案は、「公務員法等、他の法律で刑事制裁が定められている行為類型については、新たに罰則を設けない」と提案しています。これは最小限の「消極的保障」ではあっても、それだけでは公務員や教員が「主権者の一人」として国民投票運動に参加する権利が十分に保障されないことは、先の「現実」が物語っています。

定住外国人に「自分が生きる社会」のあり方を選ばせない

−「外国人は、国民投票運動をすることができない」
−「外国人・外国法人等は・国民投票運動に関し、寄付をしてはならず、何人も国民投票
 運動に関し、寄付を受けてはならない」

 投票権の基礎となる選挙人名簿には、「日本国籍」をもつ20歳以上の人しか登録されておらず、外国人は排除されています。しかしこの規定は、投票権だけでなく、改憲に賛否の「運動をする権利」も外国人には認めないというものです。
 日本には、過去の植民地支配や国際化の結果として、約74万人以上の永住「外国人」が住んでいます(03年末、特別永住者47万6千人、一般永住者26万7千人)。この人びとは、日本社会で日本人と同じように社会的、経済的、文化的な日常生活を営み、教育を受け、税金を払っています。日本の憲法と法令に従って権利・義務を持つ人びとなのです。その基本となる憲法が変わるということは、人間としての生活や権利・義務が大きく変化することになります。それに対して意見を述べ、反映させたいというのは、「国籍」を超えて「人間として」の当然の権利ではないでしょうか。外国人にいっさいの運動を認めない自公合意は、定住外国人に自分が生活する社会のあり方を選んだり、意見を言う権利をも奪うものです。この問題は、私たちの社会のあり方に大きく関わってくるものです。
 この点について改意議連案では一応、一外国人に一切を認めないことは、国際社会において過度の規制となるおそれはないか検討」というコメントをつけていました。しかし自公合意は、それをも否定したものです。与党は、定住外国人でさえない米国の政府高官などが海の向こうから「憲法は変えるべきだ」と発言を繰り返すのは批判もせず、むしろ歓迎、利用してきました。ここにも憲法を「尊重・擁護」しないダブルスタンダードが現れています。
 この点で民主党案は、「外国人の国民投票運動の自由は、公共の福祉に反する場合(内在的制約)を除き、可及的に保障されるべき」としています。しかし「公共の福祉に反する場合」とは何か、誰が判断するのか、「内在的制約」とは何か、などは明らかではありません。

マスコミの自由な報道・評諭も処罰!

−「何人も、投票の結果を予想する投票の経過、結果を公表してはならない」(注・アンケ
 ートなど「予備投票」の公表禁止)
−「新聞.雑誌は、国民投票に関する報道及び評論において、虚偽の事項を記載し、又は事
 実をゆがめて記載する等表現の自由を濫用して国民投票の公正を害してはならない」
−「何人も、投票の結果に影響を及ぼす目的をもって、新聞・雑誌の編集その他経営担当
 者に利益供与、供応接待等を行つて、国民投票に関する報道及び評論を掲載させること
 ができない」(編集その他経営担当者も処罰)
−「何人も、投票の結果に影響を及ぼす目的をもつて、新聞・雑誌に対する編集その他経
 営上の特殊の地位を利用して、国民投票に関する報道及び評論を掲載させることができ
 ない」
−「NHK及び一般放送事業者は、国民投票に関する報道及び評論において、虚偽の事項
 を放送し、又は事実をゆがめて放送する等表現の自由を濫用して国民投票の公正を害し
 てはならない」

 自公合意は、マスコミによる自主的な改憲案の論評や批判が「虚偽の報道」や「事実をゆがめた記載」であったら、「表現の自由の濫用」として禁止し、違反したら処罰するというものです。改憲議漣案は一応、NHKや民放が「(憲法を)改正した場合、改正しなかった場合の事態を予想するのは虚偽報道にあたらない」とコメントしていますが、その境目はきわめてあいまいです。改憲議連案は、「マスコミの報道にどこまで規制を行うべきか議論が必要」とも言っていましたが、その判断基準は政府・与党の影響力が強い警察や中央選挙管理会が握ることになるでしょう。NHK予算やテレビの許認可権を政府に握られているマスコミは、まともな批判、批評もできなくなるでしょう。

投票の異議申立ては「東京高裁だけに30日以内に」

−「国民投票の効力に関し異議があるときは、投票人は、中央選挙管理会を被告として、
 国民投票の結果の告示の日から起算して30日以内に、東京高裁に訴訟を提起できる」
−「国民投票の結果(賛成投票が有効投票総数の2分の1を超えること又は超えないこと
 をいう)に異動を及ぼすおそれがある場合に限り、裁判所はその国民投票の全部又は一
 部の無効の判決をしなければならない」
−「国民投票の結果の効力に異議があるときは、国民投票の結果の告示の日から起算して
 30日以内に、東京高裁に訴訟を提起できる」
−「(いずれの訴訟の場合も)無効判決が確定するまでは、国民投票の効果に影響を及ぼさ
 ないものとする」

 自公合意では「国民投票の効力」と「国民投票の結果の効力」に分けて、それぞれに異議があれぱ「結果の告示から30日以内に東京高裁だけに提訴できる」となっています。しかし、30日以内に誰が違反を十分に立証できるのでしょうか。しかも裁判所は「投票の結果に異動を及ぼすおそれがある場合に限り無効判決をする」とされており、30日より後に重大な違反が発覚しても「新憲法は有効」となります。これでは大規模で巧妙な不正投票も「やった者勝ち」になりかねません。
 また、訴訟提起の裁判所を東京高裁だけに限ったことにも、合理的な根拠はありません。
高裁の上に最高裁の審理があるのなら、各地方での不正投票などは、投票人が住む地域に近い裁判所に訴えることができるようにするのが「主権在民」の精神ではないでしょうか。

集会やデモには重い「国民投票妨害罪」が!

 自公合意では「国民投票の自由妨害の罪」としか触れていません。しかし、その土台である改憲議連案を見ると、「交通、集会を妨げ、演説妨害などをした者」「特殊の利害関係を利用して国民投票運動者を威迫した者」などには、4年以下の懲役もしくは禁錮、または百万円以下の罰金が課せられ、とくに「多衆集合」による場合は首謀者は1年以上7年以下の懲役または禁錮、「他人を指揮し又は率先して勢いを助けた者」は6月以上5年以下の懲役または禁錮、「不解散罪」には首謀者は2年以下の禁錮という厳罰がならんでいます。
 また、これらの行為について「演説、放送、新聞、雑誌、ビラ、ポスターその他」で「人を煽動した者」にも、1年以下の禁錮または30万円以上の罰金がくだされることになっています。
 もし私たちが、「憲法改悪反対」の集会やデモをしていて、警察や改憲派がそれを国民投票運動の「妨害」だと一言えば、いつでも逮捕したり解散命令を出せることになるのです。またビラや記事、論文で「憲法改悪の動きをとめよう」と呼びかけただけで、「犯罪行為の煽動」とみなされるかもしれません。意法の「言論・表現の自由」は、憲法改悪がされればもちろん、改憲の国民投票運動でも窒息させられかねないのです。

 
W 改憲議連の「発議手続き案」−転んでも改憲案を発議ずる仕組み

 改憲案発議手続き法案(「国会法改正案」)については、01年に改憲議連が作った案があるだけです。04年12月〜05年1月の自公合意には、まだその内容は含まれていません。しかし、自民党が提案した国民投票法案が改憲議連案そのままであったように、この発議手続き案も改憲議連案が基本になると考えられます。そこで改憲議連の「発議手続き法案」の内容、を見てみましょう。

改憲案を国会に出せるのは多数党だけに

 それによると、改憲案を提出するには「衆議院で100人以上、参議院で50人以上の賛成」が必要となっています(修正案の提出も同数)。
 予算を伴う法案の提出は50人(参院は20人)の賛成が必要ですから、一見、改憲案の重要性を考えているかのようです。しかし今の国会では、改憲案や修正案を出せるのは自民党と民主党だけとなり、他の少数政党は短い質疑の後、賛否の投票ができるだけです。最終的には「発議」が決まるのは衆参両院の本会議ですから、「国民の代表」である国会議員一人ひとりは改憲案を提出できないとするのは合理的な根拠がありません。
 このように改憲案と修正案の提出要件を「きびしく」したのは、自民党には有利ではあっても、何の障害にもならないからです。
 なお民主党の「論点とりまとめ案」では、「『国民による発案』も一定の条件下で認めるべき」という提案をしています。これはスイスなどにある制度で、有権者の一定数の賛成署名があれば、その改憲案を国民投票に付すというものです。ただし日本では憲法96条の規定から、「国民による発案」を衆参両院の総議員数の3分の2以上の賛成で「発議」するという手続きが必要になるでしょう。96条は「発議」の前段に「発案」を置く方式の追加は否定していないし、「発議」に矛盾もしないので一考の余地はありますが、この提案自体が、「このように重要な改憲手続きは憲法に書き込むべき(改憲すべき)だ」という議論につながりかねないという性格をもっています。

参議院が否決しても「両院協議会」に持ち込む
 改憲案の発議には、前に見たように「各議院の総議員の3分の2以上の賛成」(憲法96条)が必要です。つまり衆議院が可決しても参議院が否決したら改憲案は発議できません。ところが改憲議連案は、A院が採択した改憲案をB院が否決しても、B院の修正案をA院が否決しても、「両院協議会」を開いて発議へ進む道を開いています。これは一般法案の扱いを改憲案にまで適用する手口です。しかも現在の国会法では、両院協議会が3分の2以上で採択した法律案(国会法92条)は、今度は「出席議員の過半数」で成立することになります(憲法56条)。
なお、両院協議会には、衆参両院で異なった議決をした代表者各10名が出席することになっており一応・意見の違いが反映される「歯止め」があることになっています(衆参両院「規則」。しかしその協議で政党間の妥協(談合)が成立すれば、すぐにも「成案」ができてしまいます。小選挙区制導入の法案がいったん参議院で否決されたのに、政党間の談合で成立に持ち込まれた苦い経験を私たちは持っています。

一般法案と同じ扱いは憲法違反

 問題は、両院協議会の規定が適用されるのは「一般の法律案」についてだけで、改憲案の発議のように、「この憲法に特別の定のある場合」は適用できないということを忘れてはなりませ。憲法56条では、議事を出席議員の過半数で決められるのは「この憲法に特別の定めがある場合を除いて」という条件がついています。そして憲法96条には、まさに「各議院の総震の3分の2以上の賛成」という「特別の定め」があるのですから、過半数による議決はそれに反します。この矛盾は、改憲案の発議に一般法案の採択手続きを適用しようとするところから生じるのです。
 もし改憲案を一般法案と同じように扱うことになれば、「衆議院で可決し、参議院でこれと異なった議決をした法律案は、衆議院で出席議員の3分の2以上の多数で再び可決したときは、法律となる」(憲法59条2項)という規定さえ適用されかねず、参議院の議決が無視されるという憲法違反になってしまいます。
 なお民主党は、「両院が異なる議決(一部修正等)をする可能性に配慮し、『憲法改正両院合同審査会』を設置すべき」と主張しています。これは両院協議会どころではなく、初めから両院合同で(各院でなく)改憲案を審議しようというもので、衆参両院の独立性を否定して改憲をしやすくする提案にほかなりません。
 私たちは、この問題について自公民の協議がどうなるか注視しておく必要があります。

憲法改正国民投票法案に関する意見書 憲法改正国民投票法案に関する意見書(日弁連)PDF


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編集・発行:憲法を生かす会東京連絡会
〒103 東京都中央区日本橋3−5−12 吉野ビル5階
矢田部理事務所気付TEL・FAX03−5269−4847(専用)
発行日:2005年5月(改訂1刷)

著者:筑紫建彦(憲法を生かす会)

あたらし憲法のはなし あたらしい憲法のはなし

自民党新憲法草案」の分析と批判
                          (2005年8月1日発表)
                                    憲法を生かす会・筑紫建彦
前文
 今回の草案には「前文」はない。7月7日に出された「新憲法起草委員会・要綱(第1次素案)」では、「自民党の主義主張を堂々と述べる」「基本理念をより簡潔に記述し直す」「国家目標を高く掲げる」「国の生成発展についての記述を加え」「日本史上初めて国民みずから主体的に憲法を定めることを宣言する」
 「正しい日本語で、平易でありながら一定の格調をもった文章とする」など目一杯の「前文作成の指針」が示されていたが、その素案は「中曽根節」であり、多分に愛国主義、復古主義、自画自賛に満ちたものだった。このため文章化に手間取っているのかもしれない。しかし前文は憲法全体の基調となるべきものだから、それを欠いた草案は「晴が描かれていない龍」のようなものだ。
 さらにそれを勘ぐれぱ、他の諸条項の改定案さえ示しておけぱ民主党などとの協議のテーブルに乗せることができ、前文はその後でもいい、という政治的、戦術的な考慮がなされているのかもしれない。いずれにせよ、やがて出てくる前文案は、中曽根素案がき土台になる可能性が大きい。
 なお東京新聞によれぱ、「前文がどう起草されるかで9条案の変更もありうる」(起草委幹部)という。

第1章 天皇
 天皇条項では、現憲法の規定がほぼそのまま踏襲されている。「天皇の権能」や「国事行為」について文言や条項を再編した程度である。自民党内で声高に主張されていた「元首化」や、第1次素案が留意すべきとしていた「象徴としての公的行為」は盛り込まれていない。これも民主党などと合意を得やすくするための配慮と思われる。

第2章 安全保障
◆9条1項の分割と意味の改変
 自民党草案の最大の核心部分は第9条にある。現憲法の第2章「戦争の放棄」は、自民党草案では第2章「安全保障」と変えられ、第9条には「安全保障と平和主義」というタイトルがつけられた。
 その第1項は、現憲法前文にある「諸国民の公正と信義」や「恒久の平和」、現9条1項にある「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求」などの言葉を取り込みっっ、「平和主義の理念を崇高なものと認め」るという形で、きわめて抽象的な「理念」条項となっている。そして第2項に、現9条1項の「戦争と、武力による威嚇又は武力の行使」の永久放棄について、文言を一郡変えて移し替えてい乱これは一見、現9条と大きな違いがないかのような印象を与える。しかし次に見るように、この現9条1項の「分割」には狡滑な狙いがある。
◆海外派兵と武力行便を認める第3項を新設
 自民党案は1項を「国際平和」を強調する基調部分とすることによって、「戦争、武力行使の放棄」の意味を相対的に限定的なものにし、それと同格のものとして9条に、「第1項の理念に基づき、国際社会の平和及び安全の確保のために国際的に協調して行われる活動に主体的かっ積極的に寄与する」という第3項を設けるという。」これは「国際の平和と安全」という名目さえ掲げれば、海外派兵と武力行使を「主体的かつ積極的に」推進するということである。
 この自民党案で留意すべきことは、海外派兵と武力行使の参加条件が「国際的に協調して行われる活動」とされているだけで、民主党が主張する「国連安保理決議」という前提さえもないことだ。このため、任意に形成される多国籍軍や米国が召集する連合軍による戦争あるいは先制攻撃であっても「国際的に協調して行われる活動」となり、日本はそれに参戦できることになる。
◆「第9条の2」を置き、「自衛軍」を憲法に明記
 自民党草案は、現9条2項の「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」という規定を全面的に削除している。「自衛軍」が憲法に明記されれば、日本は正規の「国軍」を保持することになる。まさに「9条2項殺し」である。
 その「自衛軍」の活動は、(1)自衛、(2〕国際社会の平和及び安全の確保のために国際的に協調して行われる活動、(3)我が国の基本的な公共の秩序の維持、の3つとされている。これらは自衛隊の任務・活動としてこれまで改悪されてきた自衛隊法の内容と重なっているが、憲法に明記されれば自衛隊の活動に関する憲法論争は排除され、それらは「憲法に基づく(絶対的な)任務」となる。
◆「集団的自衛権」には言及せず
 解釈で行使も可能に自民党草案では、「自衛軍」の活動は「自衛のため必要な限度で」と表現されている。しかし、すでに自民党内では、「『自衛』には集団的自衛権も含まれており、改憲に対する抵抗を減らすため、あえて明記する必要はない。解釈によって行使すればいい」という主張が広がっている。実際、「自衛のための活動」と「国際的に協調して行われる活動」とを結びつければ、なおさら「広義の自衛」として、同盟国である米国の戦争や多国籍軍による武力行使への参加も可能になる。なお、「集団的自衡権」に言及しないことは、これに反対している民主党との合意を得やすくし、「国際的に協調して行われる活動」も、民主党が主張する「国連主導」とのすりあわせが可能になるとの布石が読みとれる。
◆「軍事載判所」を設置
 「自衛軍」の保有と関運して、自民党草案は第6章「司法」に「軍事裁判所の設置」(76条3項)を置いている。これにともない「特別裁判所は設置することができない」という現76条2項は変更される。軍事裁判所は「軍事に関する裁判を行う」とあるから、自衛軍の兵士・幹部の犯罪や自衛軍自体の犯罪は一般裁判所にかけられなくなり、「自衛軍内部の裁判」に取り込まれてしまう。一応、「下級裁判所として」となっており、上級蕃に提訴できる仕組みにはなっているが、最も重要な第1審が密室化することは重大だ。

第3章国民の権利及び義務
◆自由と権利の制限を強化
 国民の権利・義務に関する自民党草案の特徴は、現行の第12条に「自由及び権利には責任および義務が伴うことを自覚しつつ」という文言を挿入し、自由や権利に「責任・義務」として制限を大きく加える根拠にしようとしていることだ。自民党が打ち出してきた「国防の責務」の言葉は草案にはないが、この章の各条項に「公共の福祉」に代わって「公益及び公共の秩序に反しない限り」という文言を加えることによって、事実上「国防の責務」が強制されることになる。
◆「公益及び公共の秩序」を随所に入れる
 自民党草案では、この文言は12条(「自由と権利の保持と濫用の禁止」が「国民の責務」に変えられている)、13条(個人の尊重)、22条(職業選択等の自由)、29条(財産権の保障)に入れられている。実際、「有事法制」とその「国民保護法制」には数多くの「国防の義務・責務」を規定しており、それが「公益及び公共の秩序」とされる構図がすでにできている。これに(1)前文に何が盛り込まれるか、(2〕9条が覆されて「自衛軍」が憲法上の根拠を持っようになる、などとの関連で、さらに強化されよう。
◆国・自治体の宗教教育、宗教的活動に道を開く
 自民党草案は現第20条(信教の自由)3項の「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない」という規定に、「国及び公共団体は、社会的儀礼の範囲内にある場合を除き」という解除の文言を加えることによって、国(政府)や自治体などが宗教教育や崇教的活動をすることができるようにするものだ。これは政教分離の原則の崩壊となる。また「社会的儀礼」という名目さえつければ、靖国神社の公式参拝も各地での護国神社などへの首長の公式参拝や公金支出も「憲法上許される」ということになる(草案は第7章「財政」89条で公金支出を容認)。さらには「天皇神話」の教育や米国で見られる特定宗派の教義(進化論の否定など)の教育にも進みかねない。

第4章国会
◆首相の衆院解散権を明記
 第4章「国会」では、現代語に直すか条項の再配置が主で、2点を除いて現憲法の規定をほぼ維持している。その1つが首相の衆院解散権の明記である。現憲法では衆院解散については、内閣の助言と承認による天皇の国事行為としての解散(いわゆる7条解散)と、衆院における不信任案の可決または信任案の否決の場合の解散(69条解散)の2つのケースがあるが、自民党草案は7条を6条とし、69条はそのままにした上で、さらに54条1項として「衆議院の解散は、内閣総理大臣が決定する」を加えるという。これは7条(自民案は6条)にも69条にも限定されない、これまで以上に「自由な(恣意的な)解散権」を首相に与えることになる。小泉首相が郵政民営化法案で見せた国会への脅迫・個喝の力の強化である。
◆政党条項を新設
 自民党草案には、第64条の2として「政党条項」が盛り込まれている。「国は、政党が議会制民主主義に不可欠の存在であることにかんがみ、その活動の公明及び公正の確保並びにその健全な発展に努めなけれぱならない」というもの。これに基づき「政党法」ができれぱ、すべての公認政党の組織、党員、財政などの情報は事実上、「国=政府=与党」に掌握されることになりかねない。また国は「政党の健全な発展」にも責任=権限を持っとして、政党の綱領や政策、運動にも制限を加えることも可能になる。第2項では「政党の政治活動の自由は、制限してはならない」というが、第1項の解釈や「自由及び権利には責任および義務が伴う」「公益及び公共の秩序」という制限規定は政党に対しても適用されることになろう。

第;5章内閣
 この章では、自民党草案は文言の整理をしただけで現行憲法の規定をそのまま踏襲している。

第6章司法
 この章も、文言の整理だけで現憲法の規定がそのまま踏襲されている。ただ1点、第76条2項の「特別裁判所は、これを設置することができない」という規定に、「この憲法に特別の定めのある場合を除いて」という除外規定を設け、3項に「軍事裁判所を設置する」という規定を置いている(第2章「安全保障」を参照されたい)。

第7章財政
◆「継続費」制度の導入
 現行憲法では、予算は単年度主義が原則である。しかし現実には、軍艦や戦闘機、大型公共事業のように完成までに数年かかるものについては、名実ともに「継続費」として予算が組まれ、受注企業の利益を確保するとともに、国家予算の不透明化、硬直化の大きな要因となっている。自民党草案は、これを憲法に明記して単年度主義に大きな穴をあけようとしている。
◆宗教団体への公金支出を容認
 現行憲法では、「公金その他の公の財産は、宗教上の組織・団体のために支出、またはその利用に供してはならない」となっている。しかし自民党草案は、これにも「社会的儀礼の範囲内にある場合を除き」という除外規定を設け、宗教団体への公金支出を合憲化しようとしている。そうなると、靖国神社や護国神社などへの「玉串料」を公費で出すことも可能になり、与党の支持母体である各種宗教団体への「儀礼的支出」にも道が開かれ、政教分離の原則は崩れて宗教の政治利用が拡大することになる。

第8章地方自治
◆地方自治法の主要部分を移設
 改憲派は、現行憲法の第8章「地方自治」は4つの条しかなぐ不明確と批判してきた。自民党草案はこれを8っの条に増やすというが、その内容は地方自治法の主要部分や地方財政法の一部を移しただけ。あえて憲法に明記しなくても、これら基本法的な法律が存在し、必要なら改正すれぱ何の不都合もない。
◆「特別法の住民投票」を削除
 現行憲法では、1自治体にのみ適用される特別法の制定は、その自治体の住民投票の過半数を得なけれぱできないことになっている(95条)。自民党草案はこの95条を削除するという。この理由は、実際は沖縄の米軍用地の強制使用を強化するための法律が「特別法」とはされず、「日米地位協定の実施に関する法律の一部改正」という「一般法」の形で制定されてきたように、政府・与党が憲法の規定を無視してきた「実績」から、95条は「用済み」と考えたものだ。

第9章改正
◆改憲をやりやすくする手続きに
 自民党などが9条とともに改憲の主なターゲットの1つとしてきたのが、第9章の憲法改正手続きである。
憲法は特別の最高法規であるため、改憲案の発議には「各議院の総議員の3分の2の賛成」が要件となっている。しかし改憲派は、いっでも簡単に自分たちに都合よく改憲ができるように、改正手続きの緩和を主張してきた。自民党草案は、この改憲発議の要件を「各議院の総議員の過半数の賛成」にするという。
◆国民投票は国政選挙とは別に
 現行憲津では、改憲の是非を決める国民投票はr特別の国民投票又は国会の定める選挙(国政選挙)の際行われる投票」によることになっている。しかし現実の国会構成から、大きな与野党の合意がなけれぱ改憲案が発議できないことから、改憲派は与野党が争う国政選挙と同時に国民投票を行うと理解や支持が得られにくいと考えて、「特別の国民投票」だけにしぼろうと主張している。自民党草案もそれに沿ったもの。なお、05年7月7日に出された「新憲法起草委員会・要綱(第1次素案)」では、国民投票はr有効投票総数の過半数とする」と記されていたが、今回の自民党草案ではそこまでは踏み込んでいない。それは憲法にまで書かなくても、「国民投票法」に盛り込めぱすむからだ。

第10章最高法規
 この章は、自民党草案では現行のままとなっている。このうち97条の「基本的人権の意義」は、改憲派から「重複だ」とか「強調しすぎ」などの非難が浴びせられていた(読売新聞など)。しかし自民党は、これが理念規定である限り「無害」と考えたのだろう。また98条の「憲法の最高法規性」は、政府・自民党はこれまで解釈で違憲性の強い法令や行政行為を押し通してきたし、99条の「公務員の憲法尊重擁護義務」にっいても、実際はほとんど尊重も擁護もせずに政治をやってきた。だから「建て前」としてそのまま維持することにしたように見える。しかし逆に、特に98条、99条の縫持にっいては、改憲されれぱその改悪された憲法の「最高法規性」「尊重擁護義務」として機能することから、意味がまったく変わる規定として維持されるものと考える必要がある。

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